酷暑環境と寒冷環境での身体反応

夏季オリンピック、冬季オリンピックと暑い時期も寒い時期でも開催できるオリンピックは人体の可能性が無限のように感じさせてくれます。

しかし、恒温動物である人間には体温という制約があり、その体温を維持出来る環境下でなければ身体を動かすことが出来ません。

酷暑・酷寒の中でどのように人体が反応をするのか実際の例から見ていきたいと思います。

「酷暑環境下での競技」

2019年にカタール(ドーハ)で開催された世界選手権は、日中の気温が40℃を超える中東での初開催となりました。

選手にとって酷暑は記録のみならず、生命のリスクまで伴います。

実際に暑熱環境下で行う事は危険と判断され、異例の午前0時過ぎのスタートとなりましたが気温は32.7℃、湿度は73.3%を超え、参加選手の4割以上が途中棄権をしております。

完走率は1991年の東京大会を下回り、コーチの多くが「二度とこのような環境下で選手を走らせたくはない」とコメントしておりました。

 

 

「世界陸上競技選手権大会での棄権者」
1991年 男子マラソン/途中棄権40%(24名)/気温26℃・湿度73%
2019年 女子マラソン/途中棄権42.2%(28名)/気温32.7℃・湿度73.3%
 

「脱水症状」

人体の約60%が水分であり、水分量が不足した状態を医学的に脱水と言います。

大きく2種類あり、血漿や間質液である細胞外液を失うVolume depletionと細胞外液中の水分と細胞内液中の水分を失うDehydrationがあります。

体内の水分量が不足する原因は、水分摂取が不足する状態と対外へ流出する喪失過剰が挙げられますが、実際には両者が同時に進行する事が多いとされます。

 

 

細胞外液の喪失・・・Volume depletion
細胞外液と細胞内液の水分の喪失・・・Dehydration
 

「酷寒環境下での競技」

オープンウォータースイミングとは川や湖、海などの自然水域で行われる長距離の水泳競技です。

中でも湖面の氷を切り出し、水温が一桁しかない環境下で泳ぐ競技を「アイススイミング」と呼びフィンランドなどでは特に人気のスポーツです。

しかし、0℃に近い水温は空気の25倍の速度で選手から熱を奪います。その結果、競技中や終わった直後に中枢神経が麻痺する低体温症になる選手が少なくありません。

アイススイミング

「低体温症」

正常な生体活動の維持に必要な水準を下回った時に生じる様々な症状であり、直腸の温度が35℃以下になった場合、医学的に低体温症とされる。

重度の場合や自律神経の働きが損なわれている場合は死に至ることもあり、生体内で行われている化学反応が温度変化により機能しない事に起因します。

1.細胞機能の低下や酸素消費量の低下→エネルギー産生の低下→臓器機能低下
2.血漿成分の血管外漏出→たんぱく質成分の低下
3.尿細管再吸収低下・低比重尿の増加→血液濃縮
4.細胞膜Na/K ATPaseの活性低下→Naの細胞内移行とKの細胞外移行(電解質異常)
5.組織血液低環流、末梢循環障害による代謝性アシドーシス、乳酸上昇

「最後に」

体温は37℃前後で酵素が活性化し、筋肉を効率よく使えることが分かっております。

つまり、高すぎても低すぎても身体に不具合が生じる事から、酷暑や酷寒ではどのようなコンディションで臨むことが選手にとって重要なのかという課題があります。

フランスのカーン大学でスポーツ科学技術学部の講師を勤めているブノワ・モヴィウは、アイススイミングの研究をしています。

その中で、泳ぎ切る選手とそうでない選手には体温の減少傾向に特徴があり、前者の方がレース中に緩やかに体温を低下させることが出来ると判明しました。

要因を探ると体脂肪率が鍵を握っており、水温20度で25㎞を泳ぎ切る選手は一般的なアイススイミングの選手よりも体脂肪率が高い傾向があったそうです。

環境に合わせて選手の体組成を変える事は、競技をベストコンディションで挑む可能性を高め、選手自身の健康を守る事にも繋がります。